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福岡地方裁判所小倉支部 昭和54年(ワ)390号 判決 1980年10月29日

主文

一  被告らは各自原告に対して九五五万四、九一九円およびうち八七五万四、九一九円に対する昭和五三年三月二八日から、うち八〇万円に対する昭和五五年一〇月三〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告

一  被告らは各自原告に対して一、七一三万六、四四四円およびこれに対する昭和五三年三月二八日から完済までの年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言

被告ら

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

請求原因

一  原告は昭和五三年三月二七日北九州市門司区風師二丁目一―五先道路の歩道上に立つていたところ、付近に停車していたパトカーに被告西日本鉄道株式会社(以下西鉄という。)の路面電車が追突し、その衝撃で押し出されたパトカーに衝突される交通事故にあつた。

二  前記路面電車は西鉄の従業員である訴外土肥重勝が業務として運転していたものであるが、前記パトカーが軌道内に停車していたのに、前方注視を怠つていてその発見が遅れたため本件事故が発生したものであつて、被告西鉄には民法七一五条の責任があり、また被告福岡県は前記パトカーの保有者で、これを運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の責任がある。

三  原告は右事故のため全身打撲、両下肢圧挫裂創の傷害を受け、事故当日から同年七月八日まで入院し、翌七月九日から同年一〇月六日まで通院治療したが、膝関節の屈曲障害で歩行に不自由を感ずる後遺症を残し、自賠法施行令一一級の後遺障害と設定された。

右による損害は次のとおりである。

(一)  休業損害

原告は昭和二五年生れの当時二八歳で父とともに鈑金業を営んでいたものであるが、右治療のため事故の日から同年一〇月六日まで休業したが、右による休業損害は昭和五二年度賃金センサスの二八歳の男子労働者の平均賃金によるべく、右によれば一日の賃金は七、二〇〇円であるから、休業損害は一三九万六、八〇〇円である。

(二)  入院期間中の雑費は一日七〇〇円として七万二、八〇〇円になる。

(三)  原告は前記後遺症のため労働能力の二〇パーセントを喪失した。

そして前記賃金センサスによれば男子全労働者の平均賃金は年間三三九万三、六〇〇円であり、就労可能年数は六七歳までの三九年であるから、逸失利益はつぎの計算により一、四四六万二、八四四円になる。

3,393,600×20/100×21,309=14,462,844

(四)  慰謝料は三四一万九、〇〇〇円を相当とする。

(五)  被告らの負担すべき弁護士費用は一〇〇万円をもつて相当とする。

四  原告は西鉄から九七万五、〇〇〇円、自賠責保険金二二四万円を受領した。

五  そこで被告らに対して各自三の合計一、八一一万一、四四四円から右受領額を控除した一、七一三万六、四四四円およびこれに対する事故の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告西鉄の答弁

一  請求原因事実は認める。

二  同二中訴外土肥が被告西鉄の従業員でその業務として路面電車を運転中であつたことは認めるが、同訴外人に前方不注視の過失のあつたことは争う。

右訴外人は相当手前から停車しているパトカーには気付いていたが、これが軌道敷内にはみ出して停車しているのかどうかを確認することができなかつたため、ブレーキをかけるのが一瞬おくれ、しかも被告西鉄の社内規則で定められた制限速度二五キロを超え三八キロ位で電車を運転しており、しかも当時小雨のため軌道が濡れていたため電車が停車する直前パトカーに追突したものである。

三  同三は争う。特に原告の後遺症の一一級というのは、機能障害による後遺症の等級は本来一二級のところ、下肢に醜状痕を残す後遺症があつたため一級繰上げられた結果であつて、醜状痕は原告の職業の性質上労働能力の喪失とは因果関係がない。

したがつて労働能力喪失率二〇パーセントというのは不適当である。

被告福岡県の答弁

一  請求原因一は認める。

二  同二のうち被告福岡県関係は認める。

三  同三、同四は知らない。

被告福岡県の抗弁

一  本件事故は訴外土肥が被告西鉄の社内規則で定められた制限速度二五キロをはるかに超えた高速で路面電車を運転した過失が唯一の原因となつて発生したものであつて、(同訴外人のパトカーの発見が特におくれたというわけではなく、制限速度さえ守つていれば、その主張の地点で制動操作をしてもパトカーに追突する前に電車は停止していた筈である。)軌道上にパトカーを停車させていた警察官訴外坂本新一には何らの過失はなく、且つ右パトカーには構造上の欠陥もなかつたものであるから、被告福岡県は自賠法三条但書により責任はない。

けだし、訴外坂本はパトカーを運転して現場付近を通りかかつた際、交通事故発生の旨の一般人の急訴を受けて原告主張の場所にパトカーを停車させたものであるが、現場付近は電車の軌道と歩道との間隔がなく、歩道に乗り上げなければ電車の通行を妨害しないように停車させることができず、かくては歩行者を危険な車道上を歩かせる結果になつてかえつて適当ではなく、パトカーを電車の走行を妨害しないような遠い場所に停車させることもまた同乗していた巡視員を下車させて近付いて来る電車に合図等の方法で注意を促すことも、何時急発進しなければならない事態になるか予測し難いパトカーの性質上適当ではなく、何れにしても訴外坂本が前記の場所にパトカーを停車させていたことは致し方のないところであつて、過失視することはできない。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張のような交通事故の発生したこと、パトカーに追突した電車は被告西鉄の従業員である訴外土肥重勝が業務として運転していたこと、被告福岡県が右パトカーの運行供用者であつたことは何れも当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない丙第一ないし一五号証、証人土肥重勝、坂本新一の証言に原告本人尋問の結果を総合するとつぎの事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は門司港方面から大里方面に通ずる歩車道の区別のある道路で車道には被告西鉄経営の路面電車の軌道が併設されているが、門司港方面からみれば道路はゆるやかな左カーブでしかもおよそ一、〇〇〇分の三〇の下り勾配になり、しかも軌道が左に寄つていて、軌道部分以外の車道部分のみの幅員は約一・一五メートルしかない。

また歩道の幅員は少なくとも一メートル以上である。

(二)  事故当日同所をバイクで通りかかつた訴外満行幸博が前記軌道上で平均を失い転倒負傷する交通事故を起し、通りかかつた原告が救護しようとして歩道上でうずくまつている訴外満行の近くにいたところ、たまたま門司警察署勤務の警察官訴外坂本新一運転のパトカーが助手席に交通巡視員を同乗させて広報警らのため通りかかり、原告とともに訴外満行の救護にあたつていたタクシー運転手の急報で先端は右歩道に接する車道上に斜めに赤色灯を点灯してパトカーを停車させたが、その際右後部の一部が軌道上にはみ出していた。訴外坂本は巡視員を助手席に乗車させたままパトカーから降りて前記満行らから事情聴取をしていた。

(三)  そのころ訴外土肥運転の電車が門司港方面から現場付近にさしかかり、訴外土肥はパトカーの手前約五八・八メートルの地点でパトカーの停車しているのには気付いたものの、更に九メートル進行した地点で右パトカーの一部が軌道にはみ出しているのを始めて認め、危険を感じて急制動措置をとつたが及ばず、電車の左前部がパトカーの右後部に衝突し、その衝撃でパトカーは前方に押し出され、右パトカーが原告に衝突したものである。

なお、パトカーが停車してから事故発生まで数分間の時間が経過していた。

(四)  ところで本件現場は前記のとおり左カーブで見通しが良好でない上、下り勾配になつているため被告西鉄の社内規則である運転取扱心得で時速二五キロという電車の速度制限があつて現場にはその旨の表示がなされており、訴外土肥は右事実を知りながら、漫然三八キロ以上の速度で電車を運転していたため、特にパトカーの発見も、制動操作もおくれたわけではないのに、制動距離が長くなり、電車がパトカーに衝突する前に停止せず、本件事故が発生したものである。

三  右事実によれば、訴外土肥が制限速度を超えて電車を運転したことが本件事故の原因となつたものであり、右速度制限は単に被告西鉄の社内規則によるものではあつても、本件現場の状況からすれば適切なものであり、これに違反した同訴外人の過失は明らかであり、したがつて被告西鉄は民法七一五条の責任を免れることはできない。

四  つぎに前認定のような態様によるパトカーの衝突から発生した事故も自動車の運行による交通事故に該当し自賠法の適用のあることは明らかである。

この点につき被告福岡県は訴外坂本の前認定のようなパトカーの停車方法を過失視できないことを前提として同法三条但書の免責の主張をする。

なるほど同訴人がパトカーを停車したのは市民(前記タクシー運転手)の急訴によるものであつて緊急事態も予測される場合であつたのであるから、前認定のように車体の一部が軌道上にはみ出し、事故発生も予測されるような位置に停車させることもやむを得なかつたとしても、しかしながら、事故の発生を未然に防止するため、停車後直ちに助手席に同乗していた巡視員に下車させて通過しようとする電車に合図等の方法で注意を促すこともできた筈であり、また訴外坂本が一旦パトカーから降りて関係人から一応の事情を聴取すれば、さして緊急を要する事態でない程度の事件の概要は短時間のうちにのみ込むことができた筈であるから、パトカーを一部歩道に乗り上げるとか(このため歩道を全く塞ぐ必要はなかつたものと認められる。)或は危険性のない位置に移動させることは可能であり、このような措置をとつておれば事故の発生を防ぐことができたものというべく、以上の諸措置をとることが訴外坂本の職務の執行に格別の支障を来すものとは認め難いので、以上の措置をとらなかつた訴外坂本もまた過失のそしりを免れることはできず、被告福岡県の右免責の主張はその前提を欠くことになる。

したがつて同被告もまた自賠法三条の責任を免れることができず、被告西鉄と連帯して右事故により原告の受けた損害を賠償すべき責任がある。

五  成立に争いのない乙第一号証、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第一、第二号証、第四、第五号証、第六号証の一ないし一四、第七、第八号証、乙第二号証(ただし以上のうち甲第一、第二号証、第六号証の一ないし一四は被告西鉄において成立を認めるところである。)に原告本人尋問の結果を総合すると、原告は右事故により全身打撲、両下肢圧挫裂創の傷害を負い、事故の日から昭和五三年七月八日まで一〇四日間北九州市立門司病院に入院し、翌七月九日から一〇月六日までの間の四四日間同病院に通院加療したが、左膝関節の屈曲障害による歩行障害も疼痛、およびび両大腿部に著しい瘢痕等の後遺症が残り、前者は後遺障害等級一二級、後者も同等級一二級に該当するものとして、結局一級繰上げて一一級の認定を受けたものであることが認められる。

右による損害はつぎのとおりである。

(一)  前記甲第八号証に原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は事故当時二八歳で実父とともに鈑金加工業を営んでいたこと、本件負傷のため昭和五三年三月二七日から同年一〇月六日まで休業したことが認められる。

そこで右休業による損害を計算するには昭和五三年賃金センサスの男子労働者の二五ないし二九歳の平均賃金によるのが相当であるところ、右日額は六、八〇三円であるから、休業一九四日分の損害額は一三一万九、七八二円になる。

(二)  前記入院期間中一日七〇〇円を下らない入院雑費を要したことは明らかであるからその一〇四日分は七万二、八〇〇円である。

(三)  前記のように原告は一一級の後遺症の認定は受けたものの、それは膝の機能障害による一二級の後遺症が、大腿部の瘢痕による操上げの結果であり、原告の職業の性格上後者は労働能力の喪失の原因にはならないものと認められるから、原告の労働能力の喪失率は一四パーセントとみるのが相当であり、また右による逸失利益の計算は昭和五三年賃金センサスの全男子労働者の平均賃金三〇〇万四、七〇〇円を基礎とすべく、就労可能年数を六七歳までの三九年とし、ライプニツツ方式で中間利息を控除した現価はつぎの算式により七一五万八、三三七円になる。

3,004,700×14/100×17,017=7,158,337

(四)  本件事故の態様、原告の負傷の程度および後遺症の程度(特に大腿部に著しい醜状痕を残している点)等を総合すれば、慰謝料は原告主張の三四一万九、〇〇〇円を下ることはないものというべきである。

(五)  弁護士費用中八〇万円は被告らが負担すべきものである。

六  原告が被告西鉄から九七万五、〇〇〇円、自賠責保険金二二四万円を受領したことはその自認するところであるから、本訴請求中被告らに対して各自の合計一、二七九万九、九一九円から右受領を控除した九五五万四、九一九円およびうち弁護士費用を除いた八七五万四、九一九円に対する事故の翌日である昭和五三年三月二八日から、弁護士費用八〇万円に対する本判決云渡しの翌日である昭和五五年一〇月三〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を求める限度において正当と認容し、その余は失当として棄却すべく、民訴法九二条、九三条、一九六条を適用し、なお仮執行免脱宣言はしないのが相当であるから被告らの右申立を却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 諸江田鶴雄)

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